開祖は「太刀」と表現されることが多かったようですが、現在では合氣道独特の剣法を、一般に合氣之剣、あるいは合氣剣と呼んでいます。
剣と体術
「剣の理合いを体術に生かす」と説明されることがありますが、武産合氣會では、それは目的というよりも結果であると捉えています。
合氣道では、剣の身体使いと体術の身体使いが深くつながっています。したがって、体術において自らの身体を正しく捌き、相手を導くためにも、剣を学ぶことは重要です。
これは柔道や柔術とは異なる、合氣道独特の身体の使い方を知る上でも大切なところです。
もっとも、剣だけで完結するものでもありません。杖と体術との関係も極めて深く、剣・杖・体術は互いに補い合うものです。そのため当會では、剣だけでなく杖についても併せて修めることを重視しています。
合氣の杖の詳細については、「合氣の杖」をご覧ください。
合氣剣・合氣杖・合氣二刀など、惟神合氣道の武器技全体については、武器技をご覧ください。体術・武器技・呼吸法を含む修得体系については、合氣道修得をご覧ください。
八相八方
一例として、当會では初級を少し過ぎた頃から「八相八方」と呼ぶ剣技を学びます。
その根にあるのは八相の構えです。単に木剣を一定の形に構えるのではなく、四方八方に対して心を配り、天地の中に静かに立ちながら、必要なところへ直ちに働くことのできる身心を養います。
「斬るなら斬れ」というほどの気迫を持ちながら、眼前の一人だけに心を奪われない。前後左右、四方八方に心を置き、打ち克つ太刀の働きを身体で学んでいきます。

ここから分かるように、当會の合氣剣は、単独の小技を寄せ集めたものではありません。それぞれの技には主題があり、その主題を身体で学ぶために、独技、組太刀、さらに体術へとつながる稽古体系があります。
さらに読む ― 合氣の剣を学ぶにあたって
太刀取りだけが剣ではありません
現在の合氣道では、太刀取りや短刀取りが武器技の中心であるかのように受け取られることがあります。
しかし、武器を持った相手に対する体術を知ることと、自ら剣を使えることとは別のことです。
合氣道の体術を深く理解するには、自ら剣を振り、杖を扱い、その身体の使い方を身につける必要があります。剣や杖を使うように身体を働かせるところに、合氣道の体術の重要な一面があります。
その意味で、武産合氣會では太刀取り・杖取り・短刀取りだけを武器技とは考えません。
見せるための剣ではない
合氣の剣は、見栄えを整えるための演技ではありません。
相手があらかじめ動きを合わせてくれることを前提とし、形だけを美しく見せても、武道として剣が働いているとは限りません。
もちろん、技には美しさが伴うことが多い。しかし、その美しさは演出によって作るものではなく、正しい姿勢、呼吸、身体の働き、剣の理が一致した結果として自然に現れるものでなければなりません。
開祖は「武道は見世物ではない」と強く戒められました。合氣道も剣も、まず自らが修めるものです。
四方八方に働く剣
合氣の剣は、眼前の一人だけを相手とするものではありません。
前後左右、四方八方に心を配り、どこか一方向に心身を固定しないことを求めます。そのため、剣を学ぶことは単なる刀法の修得ではなく、合氣道そのものの身体と心を養うことにつながります。
さらに二刀を学べば、左右それぞれの手を独立させながら全身を一つに働かせなければならず、より高度な身体の統合が求められます。
剣、杖、二刀へと稽古を深めることは、合氣道の体術を深めることでもあります。
動画だけでは剣は身につかない
今日では、動画を見れば様々に切売りされた武術の形を見ることができます。
しかし、映像で形を覚えることと、技を身につけることは別です。剣の重さ、釣合い、相手から受ける力、剣先の働き、呼吸、速さ、変調変跡、足捌きなどは、画面を見ているだけではよく分かりません。剣だけ見ていても真似できるものではないのです。
まして、形の背後にある身体の使い方まで独学で正確に読み取ることは容易ではありません。
知識は稽古の助けにはなりますが、稽古の代わりにはなりません。これはインターネット以前から変わらない武道修行の原則です。
当會の剣技
当會では、初めは素振り、構え、足捌きなどの基本から始め、身体を剣に馴染ませていきます。
そこから独技、組太刀、さらに各種の合氣乃武器技へと進みます。
学ぶ技の数も少なくありませんが、数を覚えることそのものが目的ではありません。一つ一つの技を通して身体をつくり、体術と武器技を次第に一つの体技として統合していきます。
稽古が進めば、二刀をはじめ、より高度な技法にも取り組みます。
一方、短刀術については、武器の性質上、誰にでも初期段階から教えるものとはしていません。一定の体技と武道に対する姿勢を身につけた者を対象として、必要に応じて稽古します。
日本の武道として学ぶこと
合氣道もその武器技である合氣の剣も、日本の歴史と文化の中から生まれた武道です。したがって、技だけを切り離して習得し、外形だけを模倣すればよいものではありません。
日本人には、自らの國に生まれ育った者として、その背景にある歴史や文化を知り、先人から受け継いだものに敬意をもって向き合う責任があります。
一方、外国人が日本の武道を学ぶ場合にも、異なる文化に属する武道を学ぶ者として、日本という國とその文化を尊重する姿勢が不可欠です。
当會が問題とするのは国籍そのものではありません。日本や日本文化を軽んじながら、技だけを取り出して利用したり、表面的に模倣したり、自己顕示や商業的な材料として扱ったりする姿勢です。これは日本人であっても同じです。合氣道に対するものだけではなく、日本文化、日本の技術、日本の制度すべてに渡ります。
そのため当會では、誰でも見ることのできるインターネット上に、伝承する武器技を公開することはありません。技を受け継ぐことと、その技を生んだ文化を尊重することは、本来切り離せないからです。
日本の武道を学ぶ以上、日本人には自らの文化として、外国人には他国の文化を学ぶ者として、それぞれに相応しい敬意が求められます。技量だけでなく、その姿勢も含めて、私たちは合氣道修行と考えています。
技は実稽古の中で伝える
当會が伝える合氣乃武器技の大半は、一般には公開していません。
それは、誰でも見ることのできるところへ技を並べ、切売りするのではなく、実際に稽古を続け、その意味を受け取る準備のできた人へ、身体操作を通して伝えていくという考えによるものです。
武道は知識の量を競うものではありません。日本の武道が育まれてきた歴史と文化を大切にし、自らの祖國に誇りを持ち、先人が伝えてきたものに敬意を払いながら、自分自身の身体で確かめる。その積み重ねの先に、合氣の剣があります。
興味を持たれた方は、まず実際の稽古に触れてください。剣を学ぶことで体術が変わり、体術が深まることで剣もまた変わっていく。その関係は、実際に身体を動かしてこそ分かるものです。
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